●沖縄の交通情報〜ななさんまる
沖縄の交通に関して「730=ななさんまる」と聞けば、40代前後の世代は「ああ〜あれか」とうなづくでしょう。
沖縄はアメリカの統治下にあった頃から復帰後もしばらくは車は右側通行でした。でもやはり国内に違う方法で車の走り方があるということも不自然。1978年7月30日に一気に左側通行に変更する運びとなりました。
それが「730」です。
当時ぼくは高校生。
TVやラジオで、実施の半年前ぐらいからでしょうか、〜車は左、人は右〜♪なんていって「ナナサンマルの歌」が流れていて、学校でも皆でおどけて歌った記憶があります(幼稚な高校生だった)。
7月30日から車の流れが変わることを県民皆にこぞって刷り込ませて安全なスタートにしたかったんでしょうね。
その日は、車の流れが変わる時刻に歩道橋の上で見学している人もいました。テレビの中継でこれを放送してました。朝の早くからぼくらも家族と一緒にテレビつけてその瞬間を目撃しました。なぜかどきどきわくわくして集中しながら画面を見てました。
実況中継ですからアナウンサーも興奮気味。
交差点のあちこちに警官が動員配置され、まずは実施時刻数分前から通行規制。時報と共に誘導で進入路を入れ替えさせて車が走り始めてました。
当然ハプニングも続出。
テレビ中継で進入路を間違えた車が対向車に正面で鉢合わせしそうになり、あわてて警官が走って制御指導しているシーンで大笑いしていたことを覚えてます。
なんでもないことのようですが、あの日あの時って、沖縄県民にとってはドラマチックな日だったです(と感慨にふけるぼく〜うう〜ん懐かしや)。
”県の大動脈 国道58号線。那覇市上之屋から南進で「とまりん」方向を臨む”
しかし、自分たちが慣れ親しんだ流れを変えるというのは大変なことです。
不安がありながらも新しい物好きな父は、「どれちょっと走り初めでも」と妹や弟と一緒で見学に出て行きました。
帰ってきて一言。
「なんでもない、なんでもないよ。簡単さ〜このくらいの運転は〜。左から右に移っただけだからよ〜」
と運転で機転を利かせることができたことを大喜び。
でも車の流れが変われば、ヒトの流れや生活も変わります。商店街の賑わいも逆になってしまって、集客が逆転。それがいい方向に行った地域もあれば、その逆もありました。
当時は買い物に行くというと那覇市内の公設市場に行くというのが普通でした(現在のように郊外にデパートや商店街が広がっていませんでしたから)。
そこに至る開南バス停留所では、これがモロに大打撃となってました。
補償問題やら何やらで県の姿勢についての追求・話し合いが折り合いつかないうちは、実施日までニュースでしばらくは連日で報道されていました。高校生ながらも、通行が右左入れ替わるだけでこんなに経済に影響するものなのだと実感したものです。
730というのは、単純に車が左側通行になった日とは言えない日ですね。
でもこの「ななさんまる」には、ノスタルジックな遺産もあります。
それまでの右側通行から、左側通行へ変更された関係で、バスの総入れ替えがありました。(右運転席左昇降口型のバスが導入された。)その時の古いバスが、いまだに沖縄では活躍しています。通称「730(ななさんまる)車」っていうんですが、昭和のレトロ調が大好きな人にとっては貴重なものです。
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