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●悩みを乗りこえて移住したい人へ-3

あなたは、かけがえのない存在です。


親や子ども、夫や妻、友にとっても
世界でたった一人で、唯一絶対の存在。

誰もあなたの代わりを、
完璧にはつとめられない。


そんな あなたのことを
「あなた自身は」大切にしていますか?


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沖縄移住の志を家族に明かしたとき、

無視された
傷つけられた
馬鹿にされた


沖縄移住することを説得しようとしたときに、


失敗した
人に迷惑かけた
人を悲しませた
人を困らせた
人に苦労させた・・・・・

なんて俺は悪いやつなんだ
なんて私は冷たい人間なの
俺なんて無能だ
私なんて、ただの カスだ!

苦手な親子家族関係・人間関係の綱渡りをしながら
うまく乗り越えて、渡りきろうとやっきになるけれど、
ときに踏み外してしまって、とことん落ち込んでしまう。

奈落の底に突き落とされた気持ちになって
自暴自棄になってしまう。

自分で自分を傷つけ
「自分いじめ」で悲壮感を漂わせ


悲劇のヒーロー
悲劇のヒロインとなって酔いしれていく・・・・

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日本的な文化でしょうか

謙虚さ
しおらしさ
遠慮深さ
控えめ
へりくだりが良しとされる雰囲気が、まだまだ周りに蔓延してます。

それが人としての礼儀であり
それが人としての道であり
対人関係を円滑にする価値として最上のもの。


荒立てず
しゃしゃり出ず、
威張らず、
落ち着きと気品で
権威ある強者に従順。


 
それこそが、理想としてあるべき人の姿。


「一家の主だから・・・・・ねばならない」
「長男だから・・・・ねばならない」


「いえいえ私など」
「粗品です。つまらないものですが・・・」
「拙者」
「うちの愚妻が・・・」????

卑下・蔑み・自虐のオンパレード?

こんな中

ボーダレスな世の中となり
国際化よろしく外国の文化や価値観がなだれこみ

個人主義
権利主義
の波ににさらされていけば、

自ずと押しつぶされていくのは
この人々。


我慢しなければ
大人でなければ
立派な人と思われなければ・・・・。

息苦しい 「よい子」 の試練。

行き着く先は ストレスの塊。


何をしなくても
そのまま自動的に 「こり固まって」小さくなっていきます。
夢や希望どころでもなくなります。

 
 


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人はときにストレスを溜め込んで限界が訪れると
やがて予想もしない感情の大爆発を引き起こします。

大爆発の結果


これまた人間関係に大きな亀裂を生じ、

「俺ってどうしてこうなんだろう」 とか

「私ってだめな人間なんだ」 と

またまた自分で自分を責め始めます。

人に及ぼした害や不利益について、抱かなくてもいい罪悪感を抱いていきます。

確かに
健全な罪悪感なしには、節度ある社会生活は営めません。

人間には必要不可欠な理性的行為でもありますから。

でも・・・・
度が過ぎちゃあー、まったくの害毒です。


 ----

 

私は、父の介護に真剣に取り組み始める前まで
ずうううーっと罪悪感にさいなまれていました。

子どもなのに親孝行できない。
子どもなのに親を尊敬できない。
長男なのに家を出て勝手に他の地域に移り住んだ。


俺ってやつは・・・・・

考え方次第でどうとでも受け取れることなのに
そうやって自分をだめな人間と決め付けていました。
自分で自分を責め続けていました。


だめな自分。

そうであるならば

良い自分でありたい。
もっと自分の価値を高めたい。

そう考えるうちに、やがて
自分を無理に高みに押しやり、現状をどうにか乗り越えて
父にとって社会にとって善い人間、立派な子どもになろうとしました。

認めてもらいたかったし
兄弟姉妹に抜きん出て親思いの子どもでありたかった。

でも実は・・・・


その考え方や行動は、
親や兄弟姉妹、社会に対して向けられたものではなく、

自分自身へ向けられたメッセージであり
自分自身へのアピールでした。


そのままの自分が、
価値ある人間だと自覚できなかったから、

そのままの自分が
無条件でも愛される人間だとはまったく思えなかったから

善い行動をすれば
父母・社会、誰からも責められないだろう・・・・

善き行いをすれば、
また、人の機嫌を取って笑顔をふりまいていれば、
 


敵対心もなく、
反発心もなく、
攻撃的でもなく
好意的な人間だと思ってもらえるだろう・・・


だから善い行いをしているお前は安心だぞって、
だから父(母)にとりあえず受け入れてもらえるぞって

自分自身にアピールしていたんです。
 


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幼いころ、
兄弟姉妹ともに
父からほとんど褒めてもらったことがありません。

侮蔑の言葉なら
たくさん浴びせられてきたんですけどね・・・。(笑)


感情の起伏が激しく
完璧主義でお天気屋な父。

何をしていれば叱られないのか、
何をすれば喜んでもらえるのか、
何をしていれば褒められるのか
何をすれば子どもとして優しい言葉がけをしてもらえるのか、が
まーーーったく分からない。


 

私も含め兄弟姉妹みーんな愛されたかったから
優しい言葉
優しい声
優しい抱擁が欲しかったから


よい子でさえあれば
きっと父は機嫌を直してくれる
きっとこんな自分でも受け入れてくれる

父を裏切る行為なんかしてしまえば
なぜか自分が悪人であるかのように思えてしかたなくなる。
 


本当は、
だめな存在なんかではない・・・。

今はそう思います。


あなたもそう。


家元を離れ自分の夢を追いかけるあなたが、

家族を置いて遠くの地ここ沖縄へ移住することを考えるあなたが本当にだめな存在なら

成長して今ここに命在ることだってかなうはずがありません。

親となり子を育て
自らを成長させるべく生きる。

苦しくても楽しくてもとにかく生きる。
そんな営みさえできないはずです。

それでも あなたや私は、
こうやって現に生きています。

誰かが必要としてくれていて、
誰かがかけよってくれていて、
その夢に「実現までがんばれよ」って声をかけてくれていて


誰かが
愛してくれています。


見渡して見たら 多くの人があなたを見ています。


今はそうでなくても
沖縄に住み着いて時間さえたてば、いつか、そんな人々がたくさんいることが必ず見えてきます。


あなたは、だめな人間なんかじゃない。


あなたには

罪なんか 決して無い。


たった一人しかいない、あなた自身。

やりたいことをやって、幸せになっていいんですよ・・・・・。


あなたが幸せになることが家族にとっての幸せ。


だからこそ、


慎重に考えるべきなのです。沖縄移住は・・・・・・・・・。

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●悩みを乗りこえて移住したい人へ-2

>私の意志を「尊・重・し・て・く・れ・た・父」に、
>感謝の気持ちを強く持ったとき
>そのときが、
>見えない父の「コントロール」に苦しむ、私の葛藤の始まりでした。

父への感謝の気持ち

思い起こしてみると、
それは幼少期からずっと心の中で持ち続けていたものでした。

色んなドラマがありましたから、
そのドラマの数だけ 「感謝の気持ち」 があります。

一応、父の名誉のためにも、よいことを含めて書きならべてみます・・・・。
 

叱ってくれてありがとう。


怒ってくれてありがとう。


気づかせてくれてありがとう。


働いてくれてありがとう。


稼いでくれてありがとう。


成績が上がると
顕微鏡を買ってくれるという約束を守ってくれてありがとう。


ぼくら子どものために今の母と再婚してくれてありがとう。


家で待つ子どものために
宴会に出席しないでまっすぐに帰宅してくれてありがとう。


学校の卒業式のときに
父母の代表になって式辞を言ってくれてありがとう。


好きなラジコンの本を
定期購読させてもらってありがとう。


好きな映画を見たい!と、とことんお願いをしたら
母の一押しでやっと映画料金出してくれてありがとう。
 

学費を出せないという状況のお陰で
自分で奮起し自立ができたからありがとう。


父が仕事で使う車を、私の職場で得たボーナスでプレゼントできた。
親孝行させてくれてありがとう。


自営業で必要な費用がある、と私に頼ってきてくれた。
親孝行させてくれてありがとう。


若すぎるし相手との環境や考え方が違いすぎるといって
できたばかりの彼女との関りに反対し、別れる決心に導いてくれてありがとう。


 ・・・・・・


まだまだありますが、

これだけにしときましょ。


私にとって、父には感謝することばかりです・・・・?

当時、私は子どもとして心底そう思えました・・・・。

社会的に見ても、この父がやっていること、子育ての方針や行為は、親として当然のことで賞賛されるべきものと思ってました。

 


子としてそんな父に従うことこそ美しい姿である。そう思いました。


「すばらしい父の元で私は生きている。」
「我が家は世界で一番恵まれた家庭に育っている。特に父はすごい人だ。」

・・・・・へんな自信みたいなものがありました。

父を誇りに思うことが、自分の心を平穏にさせていました。
そのほうが楽でした。

この感謝の気持ちを
強・い・て・持・と・う・と・す・る・自分自身に酔っていました。


ですから
自負心かもしれませんが、


父の言うことは逐一守って褒められることを目標にしましたし、


実際、4人兄弟姉妹の中で、一番の「おりこうさん」でしたし、


また、よい子としても
他の兄弟姉妹に抜きん出て保とうと、やっきになってました。

「俺ってなんて素直な子だ。なんて立派な男だ、なんて親思いなんだ」


私の心の中を

「誰か」が、コントロールしていました。

最終章(悩みを乗りこえて移住したい人へ-3) に続く・・・・・・

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●悩みを乗りこえて移住したい人へ-1

心の葛藤や苦悩を乗りこえて、移住の夢を実現する一歩を踏み出したいあなたへ







移住を志したけれど


家族のことを思いやるあまり、その夢をあきらめざるをえない人がいます。


成功や幸せの追求に「終わり」はありません。
移住の決意があなたにとって何かの始まりになることもあるでしょう。


照れくさくて・・・・ほんとは書くつもりはなかったのですが、私自身の心の疾風怒涛の時期を、あなたにも伝えようと思います。


自分の夢をとるか家族への愛情を優先するか心迷っているあなたと、
移住を契機に明るい家庭をつくって長い人生の幸せを手に入れたいと思うあなただけ、お読みください。(3回)









自分の過去をさかのぼると

父からの見えない「コントロール」が大きく影響を及ぼし始めたのは、高校を卒業して、宙ぶらりんの浪人時代だったと記憶してます。


地元の大学の受験に失敗し、


就職せざるを得ない状態だった私は、父にあるお願いをしました。

「東京に行ってアルバイトで新聞配達しながら大学受験の塾に通いたい」
「そしてぜひ本土の大学に入学したい」

しかし、その申し出は即日却下となりました。


そのときの父の言い分は、


「本気でやり遂げられるかどうか、信頼できない。」


でした。


「えっ」と思いました。がっかりしました。


でも、ま、言われても仕方のない部分もありました。


地元大学の受験のとき、
ボランティアの活動に懸命になりすぎて受験勉強どころではなかったですし、

ことあるごとに反発して親の指示・注意に口ごたえしていたため、父子の間で険悪な雰囲気がいつも漂っていたからです。


「親には反抗すべきではない」
「親には口ごたえすべきではない」
「親が間違ったことを言ったとしても、攻撃すべきではない」
「なぜなら、親が稼ぎ手であり、子であるあなたの世話を見てやってるのだから」


そんな論理で攻めまくられるだけでした。


 ----


しかしその後、父は考えを変えました。

私が就職と通信制大学への入学の強い決心を示したからです。

連日強引に自分の意見を貫き通していく私。
何としても親父のいいなりになりたくない私。

私の意志が固いことに、とうとう父は折れてしまいました。


父が私たち子供の進学でお金を工面できないことは、兄弟姉妹全員承知していました。

その金を「自分で稼ぎながら」学ぶのだ、というのだから、苦言しにくかったのでしょう。

父は私の就職と通信制大学の入学に賛成してくれました。

ありがたい気持ちでいっぱいになりました。

 


このとき、結果として私は自分の意志を貫き通し、父から自立したかに見えます・・・・。


でも、その後色々なことが起こり始めます。

私の意志を「尊・重・し・て・く・れ・た・父」に、感謝の気持ちを強く持ったとき

そのときが、
見えない父の「コントロール」に苦しむ、私の葛藤の始まりでした。


(悩みを乗りこえて移住したい人へ-2) に続く・・・・・・

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