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2008年04月28日

●年金生活

老眼が進行し始め、今年2月頃から2つ目の眼鏡を利用しています。
レンズの度が低かったので、高めに作り直した遠近両用のやつです。


35才のころ、運転する車内で時間を確認しようと携帯電話の画面を
見ていたら、すごくぼやけて見にくく、


「これは やばい!」


と思い始め、その足でまっすぐ眼科へ通院したのがはじまり。


仕事の関係で、PCの画面を見ることも、書類に目を通すことも多い
ため、こんなことになってしまいました(泣)。


目のことにせよ、足腰や消化器系にせよ、着実に体がメンテナンスを
日々必要としてきていることを実感しています。


お金に余裕ができれば、スポーツクラブに通うのがベストかなと思う
今日この頃です。

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体が老いてきても、年齢を経るということのメリットを感じることも
ありますよね。


仕事が板に付き、直感、勘でうまくことを進めることができるような
技量・実力が備わってきたり、


後輩や部下たちに頼りにされ、感謝を受けることも、自己実現という
形をとって満足感に満たされるようにもなります。


私生活では、家族を得ている人なら子や孫の成長を見てその幸福感を
共有し心一つにもなれます。


子どもの結婚を機に、今、自分自身が人生行路のどのへんに来ている
のかを深く自覚する試練も巡ってきます。


そんなとき、あなたは今までの自分の人生の何を思い、何を子や孫
たちに伝えたいと願うのでしょうか。

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この時期の人々は、通常のサラリーマンであれ独立者であれ公務員で
あれ、


老後のためにと納め続けてきた年金に期待をかけ、支払われる年金を
想定したシニアライフを夢みていたことでしょう。


しかし、国民の政治への無関心や長年にわたる政府の執政の失態、そ
そして官公所の腐敗、などなど、もろもろの原因がかぶさり、


団塊の世代の人々にも苦難を強いる現状を余儀なくされてきています。


社会のために苦労を重ねてきたのに、そのつけを払わせるとは・・・。
政治に不満がつのり、将来への不安も隠せないのが実際でしょう。


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でも嘆いても、ことは始まりません。


今ある状態からの出発。それしかありません。


夢や希望。それさえ忘れてしまう程に、社会への不満に振り回されて
はなりません。


年金生活が始まり、その内容に不満があっても、前に進むしかない。


どうせ余生を過ごすなら楽しく明るく良い想い出を日々蓄えながら、
「生きていて良かった」と思えるような最期を迎えたいもの。


そう思うときに人は、楽しく過ごせる趣味や癒しを生活の中心に置く
イメージを膨らませます。


そしてそのうち「沖縄移住」という選択肢をとる人々が沖縄に足を運
んでやってくるのです。


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年金生活者。


沖縄移住とは関係無しに、ここ沖縄でそう呼ばれる人々をつぶさに見
てきました。


親戚のおじさん おばさんたち。
近所のおじい おばあ。
職場で定年退職した 上司たち。


年金生活に突入後、風の便りに趣味を満喫しているという話や、世界
旅行で貴重な品物を手に入れたとかの自慢話を聞いたりします。


元気でやってるんだあ~。


うわさ話や友人から伝え聞いた話で、そんな年金生活者をうらやまし
く思うことも、しばしばでした。


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ところが5年後、10年後は様相が変わってきます。(即ち70歳代)


趣味や体験を思う存分に味わった人たちは、自分の満足から自分を取り
巻く人々の満足に関心を持ち始めます。


趣味で畑を耕してできた作物を、ご近所に配ってあげたり、


地域の三味線教室講師を買って出たり、史跡の観光案内ボランティア
をしたり。


これってどういうことなのか。


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人は人によって生かされ、何かを成し遂げる活力を得るのです。


人との関わり無しに生きることは、無味乾燥なのです。


どんなに利己的な人でも、自分さえ満足していれば心が平安かという
と、決してそうではないのです。


相対的に自分と関わる人を置いてはじめて自分という人間の価値が見
えてくるものなのです。


年金生活を満喫するということについて、少しイメージをし直してみ
ませんか?

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