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2008年06月05日

●時代に刻むもの

もうすぐ亡き母の命日を迎えます。


想い出は、
といっても、僕の記憶に残っていることはほとんどありません。


子育て・働きづくめで体をこわし 
当時、何度も入退院を繰り返していました。


心の中に浮かんでくるのは、那覇市内の大きな病院へ見舞いで訪れた
ときに見た、ベッドに座る母の後ろ姿です。


共同使用の病室で同室者も6人。


端っこのベットにたたずみながら、母は一人で折り紙をしていました。


もくもくと器用な手つきで折り続けていたのは、


傘、そして
折り鶴。


僕は幼いながら、尊敬のまなざしで「うまいなあ」とじっと見てました。
父や兄弟姉妹といっしょになって会話しながら、感心して見ていました。


母は紙で形ある物を作るのが上手でした。でもそのときどんな表情だっ
たか、何を話していたか覚えてないんです。


実のところ、母の印象が息子でありながらこのようにおぼろげです。


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あれからもう 40年以上になります。


その母が亡くなったあと
父と再婚してくれた継母は、今現在、不意の事故で昏睡状態です。


月に2~3度は面会にいきますが、継母の手のぬくもりを感じながら、
実母の想い出と重ねて、昔得られなかった何かを今に得ようとする私が 
今ここにあります。

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生死に直面する母そして家族の世界に 何をか思う・・・・。
そんな瞬間にふと考えるのは、


時間 

場所 

想い出

生の軌跡

愛する人々の肖像


結局、時代に刻んでいくのは間違いなく「人の歴史」です。
そしてその人が生きた証も後を継ぐ血縁によって形となります。


夢を謳歌する自分自身に、迷いはありませんか。


沖縄移住がこれからあなたの歴史の中に刻まれるときに、親への思い、
子への思いが、素直に書き綴られているでしょうか。

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時代に刻むものは
物珍しさや
偉大さや
勇敢さや
派手さや
突飛さではありません。


家族との何でもない日常や
何でもない自分の生きた実感こそが何よりも価値あるものです。


年がたてばたつほど
年数を経れば経るほど 次第にその大切さに気づいていくのですよね。

ものや名誉で満足できる期間は、ほんのわずかでしかありません・・。

他人に見せつけるための移住ではなく

自分にとって、家族にとって、心地よさと満足とを刻み、永遠で最高
の幸せを感じる移住になりますように。

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