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2008年02月16日

●家族の憂鬱

沖縄移住に関わらず、人生の中で生活環境が一変するときってありま
すよね。


そんなときに自分の感情が高ぶって正常に物事を考えられなくなった
り、気持ちが不安定になったりもします。


なかでも自分にとって心理的に大きな影響を及ぼすのは、家族の変化。


父親が単身赴任するとか。
母親が仕事に復帰して家を空けるようになるとか。


娘が進学して都会の賃貸の住まいに引っ越すとか。
息子が海外の支社勤めになり年に1回しか帰ってこないとか。


その折々、今まで寝食を共にしてきた肉親が居ないことの寂しさや物
足りなさを感じて、非常に心細くなることもあります。


でもその逆もあります。


家族というものが自身にとってかけがえないものであるという観念で
考えれば、先に書いたような感情も抱くことはあり得ますが、


家族が家族らしくない状態で今までずっと来たのだという人にとって


「寝食を共にしていた苦しさ」から解放され安心と安全を味わうこと
ができるようになって幸せだ、と思える人もいるのかも知れません。


家族が正常な機能を発揮しなかった環境に身を置いていた人の場合は
ほとんどこのパターンです。


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家族との別れが、かえって自分にとって良い転機となるケースは色々
です。


自立心が旺盛になるとか。
執拗な「親の過干渉」から解き放たれて自由になるとか。


ところが


親の立場からすれば、自分の子どもの自立に対して「わがまま」だと
か「責任放棄」だということから、自分の手許から巣立つ子どもの持
つ勇気や意志を否定・誤解してコントロールしてしまおうとすること
が往々にしてあるものです。


こんなとき、親に干渉される子どもは、何を基準にして自分の行動を
あるいは進路を見定めて意志決定すればいいのか、とても迷うことに
なります。


でも冷静になってみると、実は親が子離れできていないために起こる
過保護・過干渉の犠牲になっていることも多いのです。


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親は、どんなとき子どもに愛情深いと言い得るのか。


親元に住まわせ、身近なところで子どもを管理することに安心感を抱
いてしまっていることに気づかず、


本来訪れる成長の機会を阻んでしまって溺愛・・・。


その結果成人しても自立心が育たず


諸問題を抱え右往左往・・・・。


かわいい子には旅をさせよということばの重みを、こんなときに強く
感じてしまうものです。


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親であれば


一つ屋根の下でともに生活した家族が、一人一人それぞれの道を歩み
出すとき、


その心の内をわかってあげる勇気。
その間違いを諭す勇気。


どちらも大切なことです。


家族一人一人の進む道が、その前途にある幸福を確実につかもうと
しているものなのか、


逆に深い失敗や苦難の始まりになってしまうのか、


良い方悪い方どちらも想像すれば、不安もどんどん大きくふくらん
でしまって、


「やるな」
「するな」
「できない」
「あぶない」


と、否定の言葉の連発になってしまうのが、悲しいかな人の常。


まあ、確かにそれこそが親心なわけだけれど・・・・・。


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もし、あなたがそんな心配性の肉親の説得に悩まされ惑わされている
のなら、


ひょっとしたら


沖縄へ移住するという心の固まり方がまだ不十分なのかも知れません。


まさにその肉親がアドバイスしてくれるとおり


沖縄移住は「やめたほうがいい」かも知れません。


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自分の進路を決めるときに感じる家族の憂鬱。


でもそれば「愛情のウラ返し」。


そう思いさえすれば、


熱心な(しつこい?)両親・家族の引き留め作戦も、苦笑いで済ませ
られるかも。

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