●色んな境遇の子どもたち
今、私の顔、真っ赤っかです。
別に昼から泡盛飲んでたわけじゃあ~ありません。
帰ってきたばっかりで、バタンキュー。
そうです。今日は外出したのです。北谷のほうまで、息子と一緒に。
今朝の気温は22℃。午後に近づくにつれ気温は28℃に上昇。
グランドは30℃近い熱気。空は真っ青で、ティーダかんかん。
五月晴れの快晴で夏を思わせる陽気でした。
今年もここ沖縄、もうすでにあのあっつい暑~い夏が、そこまできて
います。
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最近、外に出る機会が増えました。
それもこれも、息子が地域の少年野球へ入部したことがきっかけです。
沖縄ではほんとうに野球熱が高く、どの地域に行ってもクラブチーム
が複数ひしめきあって有望選手の呼び込み合戦もさかんです。(笑)
野球チームの応援のため、練習試合の会場に足を運ぶことが多くなっ
てきたおかげで、同じ地域の親たちとも交流が益々増えてきました。
試合はというと、対戦相手どうし高学年チームと低学年チームそれぞ
れで試合がブロック分けされるので、部員であれば6年生でなくても
出場可能。
応援で足を運ぶ我々親たちにとっては、とてもありがたいことです。
息子は低学年チームで試合に出させてもらってました。
試合を応援しながらベンチ近くで親たちが集まり子育て談義に花をさ
かせました。
お父さんやら、お母さんやら総勢10名ほどでしかなかったのですが
息子や娘(レギュラーに女子の6年生もいる)たちの話題で話がもり
あがります。
子どもたちのユニフォームの氏名の刺繍を見ると、県外出身の姓も
よく見ます。30人中6人がそうでした。
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練習試合が終わって応援の親たちの車に分乗し帰宅することになりま
すが、そのときは子どもたちとのおしゃべりが、とても楽しいです。
子どもたちは明るくて、自分の家庭のことなど遠慮無しにしゃべって
くれます。
県外出身の姓を持つ子は言葉が流ちょうですね。私もすごく関心を持
ったので、色々話をしながら彼らとおしゃべりを楽しみました。
なかには自分の境遇を事細かに語ってくれる子もいて、ドキッとして
しまうこともしばしばあります。
福島出身のお父さんが、八重山の石垣でお母さんと出会って結婚し、
当時石垣島に住んでいたのだけれど、今はここ沖縄本島に出てきて
那覇のおばあちゃんたちの家に住んでいるとか、
お父さんとお母さんが二人して沖縄に移住してきたのだけれど、お父
さんとお母さんの離婚で状況が変わり、
今ではお母さんのご両親(この子にとっての祖父母)が沖縄に渡って
移住してこられて、この孫たちの世話を見てくれているとか、
東京に住んでいたのだけれど、ダイビングが好きなお父さんが沖縄に
移住して自分にもダイビングを教えてくれるんだとか、父母で歯科の
病院経営を長年続けて繁盛しているとか・・・
純粋無垢な子どもたちの話の中に、沖縄移住の現実を垣間見た気がし
ました。
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県外出身の親を持つ子どもたち。
沖縄にすっかりなじんで、話し言葉も既にうちーなあびー(沖縄弁)
です。
彼らがこれから成長すれば「育ち」はまさに沖縄で、となるのですね。
他にも様々な境遇の子たちはいっぱいいます。
父母会では、宴席で互いに心を打ち明けた話等も進みます。苦労して
沖縄にたどり着いた、という方々も少なからずその中にはいます。
その家族が今彼らなりに精一杯生きてることは間違いありません。
でも、沖縄に全てをかけて移り住んでいるというような大上段にかぶ
った生き方をしているわけではないようで・・・・
私はそんな印象を持ちました。(但し私の付き合った方々に限る。)
「幸せになるために」、なんていちいち考えてるわけではないような。
親たちの生への営み流れの中で、今沖縄という環境に居ることになっ
ただけ。
沖縄にこだわったわけではなく、いつの間に沖縄に住んでいた・・・
というだけ。
「子どもたちにとっては」少なくともそう。車の中でハシャイでじゃ
れあっている彼らを細目で見ながら、私はそう思いました。
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これからあなたの人生に彩りを添えてくれる「家族」。沖縄移住への
こだわりが、子どもたちへの何かの贈り物になっていればいい・・・。
不本意な境遇に落ちいれた・・・なんて思わず沖縄に来て下さいよ。
気持ちの切り替えができればいいんですから。
思うままに沖縄にきて、新しい経験を積む中、軸足を少しずつシフト
し直す。それでもいいじゃないですか。
子どもは「育てる」のではなく、「育つ」。
沖縄と沖縄の人々がそのお役に立てるのなら、これより幸せな境遇は
ないのではないか・・・・
一番最後に自宅まで送った息子の同級生の子が私の車を降りるとき、
玄関で迎えに出ているおばあちゃんの所へと走り去った姿を見送りな
がら、
なんだか 幸せな気分になれた今日の私でした。