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2008年03月02日

●温かな日射しに

今日3月2日(日)


風は冷たいながらも、朝から部屋に温かな日射しが差し込み、陽気な
気分になりました。


娘と息子の通う学校でPTAの作業があり、私も父親らしく力仕事で
精を出そうと参加してきました(笑)。


地域が本土出身者の多い傾向があり、その作業に参加するお父さん方
にも他府県出身者の人々が多くいました。


私から話しかけ、四方山話をしながら子育てやらなんやら色々なこと
を聞いてみると、


子どもに関わることでは、お母さんとの分担で今日は出てきたのだと
いう方もいました。


夫婦協働で子育てに励む姿・・・・とても微笑ましく思いました。


まだまだ亭主関白で子育てについては母親任せな家庭が多い沖縄と比
べると、なんだか深く考えさせられる瞬間でした。


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月に1回、高校時代の友人仲間との飲み会があります。


沖縄で共に25年以上も付き合ってきた仲間で、気心も知れているし
互いに信頼を置く仲間です。


友人たちも、高校卒業後には南部地域で互いに思い思いの地域に移り
住むこととなり、


たまに那覇周辺で飲み会をしてもなんなく集まれる距離にいるので昔
ながらの親しい交友関係が続いています。


互いに小中高校生の子どもを持つ身であるからか、集まって顔を合わ
せると、話題になるのは学校での子どもの活躍や、先生たちの話。


そんな中で、ときに上がるのが、地域に移り住んできた他府県出身の
父母たちのことです。


15年前、そんな父母たちのことでは不平不満をたれるのが常で差別
意識丸出し状態。


私自身、島専科のサイトを開いて直後まではそのスタンスから書いた
記事も多く、今読んでみると偏見もすさまじいと思う部分がありあり。
(実態を伝える意味で、今もあえてその記事は残してあります)


でも最近その友人たちの口からそのような偏見じみた言葉はあまり出
てきません。


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世代で意識は違うということは以前にもここで書いたことがあります。


戦後生まれが大半を占めるようになり、政治経済での情報も共有され、


意識や思想も、TVなどマスコミを通じて共通な要素を持つようになっ
たせいもあるでしょう。


実際に移住者も増え、直に接する中で誤解や偏見も解かれていった部
分が少なからずあります。


私の体験はまさにそのケースですね。


会ってみて
話してみて
ぶつかり合ってけんかしてみて
そして和解してみて


素顔の人々とふれあって初めて、思い込みの偏見、決めつけの偏見を
打ち破ることができたのだと言えます。


もう昔ほど「本土」「沖縄」を意識しないで関われるような時代にな
ったのかもしれません。


温かな日射しが、沖縄に降り注ぐ。


沖縄の私たちも、降り注ぐ温かなものを、そのまま「温かだ」と素直に
言えるようにしたい。


つっかかり
わだかまりは多いけれど


そんな感性ですべての人たちに関われれば、好意で相手を迎え入れる
ことができる気がします。


結局「本土の人はああだ、こうだ」「沖縄の人はああだ、こうだ」とい
う前に、まず自分自身が持つ偏見と向き合うことのほうが先。


この偏見をまず取り除いたら、「本土の人は変だ」とか「沖縄の人は
おかしい」、と区別し攻撃する意識なんてまず起こらない。

結局は個別の「人となり」が問題なのであって、地域や民族など集合体
やコミュニティの特性の問題では無い・・・

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太陽の降り注ぐ日射しに


寒い冬なら「照ってくれてありがとう。おかげで温かいよ。」
暑い夏でも「照ってくれてありがとう。おかげで海と空も青いよ。」


と感じることができるのかどうか。


もしも


太陽=沖縄 だとしたなら


今、あなたは沖縄に何を感じ、どう評価しているのでしょう。


あなたの「心の中の季節」は今、夏ですか?冬ですか?


あなたの心の季節は、今、固定されてまったく動かないですか?


それとも


四季折々、自在に変化できるような大きなゆとりがありますか?


あなたが沖縄を優しく包み込むのか
沖縄があなたを優しく包み込むのを期待するのか


今の自分がどんな気持ちで沖縄に足を踏み入れようとしているのか。


立ち止まって考えて。


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