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2008年05月11日

●伝える努力

沖縄の人がシャイだ、という説があります。


人前に出ることを好まないとか、目立つのが嫌いとか、


自分の本当の気持ちや考えを、おおっぴらに表現することを控えると
かいうような特徴です。


でもこれは沖縄に限らず、都会から離れのんびりとした地方の土地柄
の人々には稀に見る特徴でもありますよね。


私自身、学生の頃を振り返ってみると、自分を含めて周辺の人々は、
確かにそうでした。


物事を決めるのでも、だれかが先頭に立って意見をまとめるでもなく、


ただなんとなく雰囲気に流れて、いつのまにか全員の同意にこぎ着け
て物事が決まっているなんてことが大概。


話し合いの場でホンネを言ったのか言わないのかもはっきりしない。


公的な場・職場では、そんな優柔不断さやいい加減さが許されている
というわけではありませんが、


友人どうしの集まりや、地域や趣味の仲間同士など、気心知れた人々
との会合の場では、この通説が当てはまるのを実感したものです。

---
沖縄の人が人前に出てしゃしゃり出て自己表現をするなんてことは、
一昔前までは、ホント、珍しい現象でした。


しかし、


最近の若い人たちは違っていますよ。特にこちらから話しかけると
その受け答えの仕方ではっきり見えてきます。


堂々として、人前で物怖じしない態度。意見をはきはきと言える人の
ほうが増えていますね。
(ボランティアであちこち交流することがあり実感してます。)


愛想も良いです。


肌で感じる雰囲気も明るく、将来の沖縄を背負って立つこの世代に対し、
大きな期待をしたくなります。


でも現実として、家族の崩壊、少年による犯罪、虐待やDVの発生率の高
い県である、不況による倒産件数の増大、


という事実は動くこともなく、


不安な雰囲気の雲が社会全体を覆っているのも事実です。


大人の社会での互いの不信感での事件事故は多々あるし、


親子間で温かく家族生活を営むことができない現状もあります。


飲んだくれて働かない父親。
疲れて子どもの食事さえ ろくろく与えられない母親。


虐待で親から引き離され、施設に入れられる子どもたちの実数の増加。


そんな現状にあっても、踏ん張って生きていかなければならないのが
その人々の現実です。


---
沖縄に生まれて沖縄で育ち、沖縄の雰囲気に染まって沖縄の人々の性向
を受け継いでるとしたら、


そんな私が同郷人たちに言えることは、こんな事かも知れません。

「伝える努力をもっとしようよ。」

めんどくさいなと思う心。
適当でよいさあ~と思う心。
どうにかなるさあ~と思う心。


この考え方に支配されてしまうと、一部の人々は他人に理解されよう
とは、思わなくなるんですね。


自分の心を伝えるために言葉をもっと使おうとか、
もっと見知らぬ人との新しい出会いに踏み出して親しくなろうとか。


中学時代の友人
高校・大学時代の友人
アルバイト先の上司や仲間
職場の上司・同僚
地域活動の同世代の親たち
PTAの仲間たち


など


沖縄で
人とコミュニケーションする場は、長年幾つも渡り歩いてきましたが、
自分自身を含めて、すべて周りの人々について言えることは、


仮に
強い思いが出てきて、ここは、というときに相手に理解してもらおうと
話しだしたとしても、とたん言葉が見つからないから恥ずかしいと感じ
てしまうこともある、ということです。


議論になって相手とけんかしたりぎくしゃくしたりする雰囲気に飲まれ
そうになってくると議論も途中でやめるんです。できるだけ相手とは仲
の良い形のままでいたいから。


けんか腰で議論をすることは恥ずかしい。そして恥ずかしいと思うこと
は、できるだけやらないでおこうと思うのです。


これを沖縄の人の優しさと表現してくれる方々もいます。(別に沖縄だ
けの特徴ではありませんが)


そう受け止めたい、と願うのは沖縄の人間としてのホンネですが、


優しければそれでいいのか、という疑問符を、どうしても振り払うこと
ができません。


---

沖縄の良さを大事にして欲しい、と他府県出身の移住希望者からメール
でメッセージが届きます。


肯定的に自分の郷土の特徴を受け入れ、内外にピーアールすることでも
沖縄が発展する方向へ導くことはできるでしょう。


しかし、


自浄努力とまではいかなくても、沖縄の人々が外部から来る移住者や
その他の文化を運び込んでくる動きに乗じて流されるだけで果たして
いいのだろうか、と思うのです。


個別の人間関係の問題然り
本土資本の流入・経済交流の問題然り 
行政と住民同士の軋轢問題然り
自然破壊の問題然り


問題を大きくすることを こわがって
相手との間に軋轢が生まれることを こわがって


見ざる
言わざる
聞かざる
そして自分の置かれた立場を語らずに「思いを伝えざる」・・・


伝える努力が今ひとつ足りない状態。


そんなことにはなって欲しくないと思うのです。


もっとはっきりした言葉で
もっとはっきりした感情で
もっとしっかり伝えなきゃ
流されてすべてが根底から変わってしまう。


伝えるために何が必要か
伝えるために自分の何を使うのか


そういうことを日々考える私たち。


あなたと同じように、常に生きるための道を探りながら精一杯生きて
います。


共に「伝え合う」ことを、続けていきましょう。

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