命の遣い方
Posted at 07/06/12 PermaLink»
大きく清々しく朝の体操で呼吸をする
首うなだれて一日の終わりにため息をする
赤ちゃんのしぐさに微笑む
人の失敗にほくそ笑む
不正に怒る
私利私欲を阻まれ激怒する
全く同感する
全然考えを合わせずに反発する
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相反するものを持ちながらも
いつも誰一人として同じく持ち得ているのは感情の嵐
出所は違うがそのエネルギーが発せられる場所、
それは
命だ
(生命 魂 心 ともいおうか)
この命を遣って
「人に」生きる
「自分に」生きる
人の命と私の命
命に触れる
まれなことであれ、人のその「命の実物」に触れる瞬間
痛みや喜びを共にすることができたときを 誇らしく思う
本当の人関わりが
この地 沖縄で始まる予感だ。
あなたは
そんな人間関係を
ここ南国楽園と言われ続けている 癒しの島 沖縄で
真に築けるだろうか
海や風景を 南国楽園と言い続け
豪勢のんびりの時間を刻むだけの 一塊の人になるのか
移住とは 何?
なぜに沖縄なのだ
沖縄人は 移住者は
互いにいつも 思惟し続ける
※昨日最も信頼する友人が倒れた。かれは移住者である。彼の無我夢中の移住支援を見てこれが「全力」であり「愛」であると知った。
※命と死との狭間を垣間見る瞬間に凍り付く思いを実感した。あなたならそのときに、いったい何を思うのだろう。
※生きている=生かされていると思えるときに、人の心に「感謝」が芽生える。感謝がなければ不平と不満で募るばかりで周りが見えなくなり、視界が狭まり、自分のことしか考えられなくなる。
※「感謝」とは今自分が抱くこの感情なのか。
※全力で人に尽くす生き方に対し家庭と仕事に対比させ是非論を展開してきた自分が恥ずかしくなる。良いか悪いかではなく。ただただあるのは「命」である。
※「命ある今」、彼の今後の人生に幸せを願う。思うことはそれだけ、ただそれだけである。回復を心底願い今後の発展を心から願うのみである。
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