歴史
米兵とバカ笑いした想い出
19歳の頃
高校卒業したての僕は
友人とタイガービーチで ビーチパーティをした。
砂浜で米兵士と知り合い、友人達とつるんで話しかけ
見ぶり手振りで会話した。
楽しかった。
仕事は何かと聞いたら
話す単語の中に「ブルドーザ」とか何とか出てくる
施設設営部隊か 何かの部署だったのだろう。
あのころは
何も考えないで
純粋な気持ちで関わることのできた 米兵士
同じ人間
同じものを食べて
同じことで笑って
同じように歌が好きで
同じように ロックダンスして・・・
イヤなのは 彼らのことではないんだよね・・・
今になって そう気づく
沖縄マメ歴史講座~参考までに
・狩猟から農耕社会の形成
・城(グスク)時代
・南部、中部、北部の三山時代(勢力争い:戦争ではない)
・世界をまたにかける大交易時代
・明(中国)を盟主にして日本や東南アジアとの貿易隆盛
・尚巴志の三山統一 琉球王朝の勃興
・島津公の侵入 日本の幕藩体制への組み込み
・島津への反発~謝名親方の処刑
・島津の琉球王府監視統制
・17世紀農産物の発達 サツマイモ・サトウキビ
・砂糖奉行による精糖業統制
・琉球処分による諸政策の遅れで県民生活水準も立ち後れ
・19世紀に沖縄県となる 日清戦争後の皇民化教育
・沖縄 日本軍人としての日露戦争参加
・20世紀 沖縄戦
・サンフランシスコ講和条約 条約の第3条は、沖縄・奄美に対する米国の統治権を認める条文。沖縄はこれに反対し3カ月の間に有権者の7割もの署名を集めたが、日米両政府はこの行動を無視。日本は同時に日米安全保障条約をも締結し、1952(昭和27)年4月28日、サンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約が発効して日本は独立、沖縄は日本から分離され、米国のアジア戦略の最重要基地としての役割を強めていく。
・敗戦後の米軍民政府統治
・軍用機の宮森小学校への墜落事故
・島ぐるみ土地闘争 祖国復帰運動
・1972年 沖縄返還 日本復帰
・1973年 若夏国体(復帰記念特別国体)
・1975年 沖縄海洋博覧会開催
・1987年 海邦国体
・軍人による犯罪相次ぐ 法的な処罰されず泣き寝入りの事件多発
・軍人による 少女レイプ事件 県民総決起大会
・2000年 沖縄サミット 2千円札発行
・国際大学に軍用ヘリ墜落事故
※軍に関する表記は事件事故関連を書きましたが、軍出身者のボランティア活動、基地開放によるイベントなど県民に還元している活動もあることを注記したい。(それを還元と見ずに軍の広報宣伝・プロモーションとして受け止める評論もある。)
※軍雇用員、軍人相手の商業により県経済が成り立つ構図は否定できない。沖縄のジレンマだ。
語れない
親が
子どもの性格や趣味を語れない
先生が
生徒の悩みを語れない
政治家が
国家の未来を語れない
上司が
部下の長所と成長を語れない
語って欲しいよ
移住者なら
沖縄の歴史と基地問題を
参考
:「沖縄移住★島専科」サイトで行ったアンケート結果です。
問い「あなたが沖縄移住に抱く不安は?」
http://www.yuits.com/image/fuan.jpg
シャイなわけ
もし 沖縄がシャイな面影を残してるなら、
その理由は人間不信かも
そりゃ
目の前でどんぱち肉片飛ぶ戦争見てきた世代の話を聞いてるから、
さもありなん。
身内の裏切り行為見てきたから、さもありなん。
これ読んでも理解しにくい人
沖縄のご老人たちと話してみて。
日本兵の話じゃないよ。
それは誰でも知ってるさ。
身内の間で起こった出来事をね。
興味ない?
なら、一生、沖縄のトラウマが、理解できないよ
ひめゆりの塔だけ見て
沖縄をすべて知ったつもりにならないで。