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2007年04月17日

●情報受信者を斬る

仕事を探すときに、


情報の受信者として
就職・転職・起業情報の発信源について深く検討する慎重さは重要
であり、かつ必要なものです。


このメルマガ「沖縄移住★島専科.mag」も、そのような意味では、
全くまな板の上の鯉の心境ですが(笑)


あなたは情報受信者として情報発信者の信頼性を、日頃どのように
測っていますか?


---

現在の本職を含め、片手間の趣味でこのような情報発信の業に携わ
るようになって、かれこれ10年になります。


まさにインターネット黎明期から一般普及に至る瞬間をスタートと
しての10年です。(ほぼyahooの歴史とともに)


様々な環境・立場に身をおくことを繰り返す中で、
情報を発信する側と受信する側の双方を経験することができ、


情報を扱う難しさや、情報の重要性を認識するのに、十分すぎる程
の学びや体験を積ませてもらいました。


そんな中で見えてくるようになったのは、


情報発信者を測るには、文字活字など情報伝達の役目を果たす媒体
に頼るのみでは不十分であり、


・直に触れること
・実物に触れること


すなわち賢い情報受信者として情報発信者との「リアルな接点」が
不可欠である、ということでした。


---
メーリングリストってご存知でしょうか。


ブログやSNSが広まるまでは、コミュニケーションステージとして
主流でした。


メールによるコミュニケーションが主の、サークルのようなもので
あり、会員になれば、お互い見ず知らずでありながら、様々な意見
交換・情報報交換・情報提供ができるのが魅力でした。


しかしやはりメールのみによるコミュニケーションには欠点があり、
意見衝突も頻繁に発生。


そこで管理人のはからいでオフ会がよく催されました。


オフ会の場で、実際に意見衝突した相手に出会うことができたとき、


メール上の文字や文章で得たイメージと、その人の人当たりのギャッ
プに驚いてしまいました。


もちろん実際に言葉を交わせば、メールでやりとりした内容その
もの語る本人だと再確認もできるし、論旨や主張も変わっているわ
けではありませんでした。


しかし、その人へ抱く「感覚的」なもの、即ち人柄の印象、人物像
は、メールコミュニケーションの場でイメージしたものとは、ずい
ぶん違いがあるのだ・・・・ということを悟ることができたのです。


---

そもそも


・人と深い付き合いをしたことがない人、
・深い付き合いを自分から積極的に求めもせず、
・人に関心を持つことがなく、


自己主張や持論を見せびらかし展開する「だけ」の人は


情報を鵜呑みにし高飛車に人を評価する傾向があります。


そして
人と会うこと
実物との交流
真実の追究を面倒がって
「文字情報だけに頼ります」・・・・・・・


情報発信者に対して疑問を持ったり真意を確かめたいと思ったとき
に、


実際には出会えない対象となるその人への評価を「実際に出会てない」
という事実で差し引いて判断することをせず、


評価を即断・・・


インターネット時代にどっぷり漬かってしまい、「すべて知った」
と思ってしまう=勘違いがそこにあります。

仕事を選ぶとき
会社を選ぶとき
人と付き合うとき


「実物と触れ合う」
「実際に出向いて語る」


この作業をすっとばして判断してはなりません。


情報氾濫の時代に賢く生きるには、バーチャルに入り浸りになる
のではなく、


リアルな世界へ回帰することも必要なのです。

2007年03月01日

●自分を大切にする事が大事?ホントそう思う?


移住を目前に控え職種を決めること、資格を取ることに勤しんでいる
人も多い時期だと思います。


いかがお過ごしでしょうか。


仕事を選ぶ場面、その仕事でやり遂げることを重視した場合、
もっぱら趣味や得意なことに引き寄せて考える事が多いですよね。


数学が得意だから
理工系のエンジニアになろうとか


作ることが好きだから
工芸家になろうとか。


もちろん、
それって仕事を決めるに際しての重要な視点なのだけれど、
それは2の次だな・・・そんなことをふと思ってしまう最近なのです。

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この世に生を受け40年以上経ち、
今年で就職して25年を越えました。


そんな中で、


最終的に仕事選びに満足し、仕事で生き甲斐とか充実感をもたらすの
は、「人の役に立っている」実感だな・・・。


と薄々感じるようになってきました。


というよりも、そう感じざるをえない状況・結果が今の自分に押し寄
せてきているんです。
(私だけの問題かも知れないが)

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ふり返ると、青臭いなあと思って「世のため人様のため」って言葉、
30代ごろから使わなくなってました・・・。


「自分を大切にする」ことの重要性が盛んに叫ばれた時代があったで
しょ? およそ1990年代です。


自分の生き方に悩んでいた私は、
これだ!と思ってどっぷりとはまり込みました。(笑)


人に気遣い、
人に振り回され、
人のためにばかりに生きて、自分をないがしろにした生き方を考え直
すべきであることに気づかされ、


「自分を大切にする」という考え方
「自分に優しく生きる」という考え方に大賛成。


いわゆる正しい意味での「利己主義」のようなものですね。


気遣いばかりの多かった自分をふり返って
やっと探した安住の思想でした。


私も必死になって本屋でその系統の本を求め読み漁ったものです。

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ところが最近の社会って不祥事だらけですよね。


会社企業、
公務員、
政治家、
医療関係・・・・・


事故・隠蔽体質・消費者への裏切り・手抜き。


結局特定の職種に限ること無しにすべてがおかしくなってる。


まあ、
評論家ではないので、社会批判はこれくらいにしますが、


自分のもつ力が十分に役立っているという自信、
また達成感・感動が継続しているということ、


そして
自分自身が仕事として成果を上げたこと、施しを行ったことで、


他人が喜ぶ様、
泣いてお礼を言ってくれる様
心を込めた贈り物を手渡してくれる様


これが何より有り難く
自分にエネルギーを与え励ましてくれる。


そんな事実と向き合うようになると、


■人は「活力」であり活力は「仕事」であり仕事は「自分」を育てる。


働くことや精を出すことが成果を生み、
成果は人の感謝を集め、
人の感謝は自分を最上の極みと感動へと押し上げ、
自分を育ててくれる・・・・。


育った自分が「新たな労働」「奉仕」に着手していく。
まさにスパイラル効果。


そんな図式が成り立ってくることに気づくようになりました。


今では
そんなことこそが
職を決める上で何より大事だと思っています。
未熟な状態ではあるけど・・・。

あなたは
今の自分の仕事と、どう向き合っていますか?


やり甲斐がありますか?
やり甲斐を作り出していますか?


「仕事」に「職種」に「職場」に責任を押しつけて
逃げだそうとしていませんか?


同じような気持ちで
沖縄で就職した場合、


どんな結果が待っているのでしょうか。


青い海を思い浮かべながら


そんな将来の自分、未来の自分に思いを馳せ、


いとしいはずの自分自身の姿を想像して見て下さい。


その自分は笑ってますか?
喜びをあらわにした表情ですか?


そうあなたに問いかけつつ、
私も、今の自分をふり返っているんです・・・・・


一緒に考えていきましょ!